希乃子の小説、読んで下さいm(__)m

駄文な小説を書いてます。

僕等の街で。

秋の風が、聞き覚えのある声達を運んで来たので、僕はこの場から、一刻も早く立ち去りたいと思った。しかし、それは間に合わなかった。

「しーくん!!」

僕を発見し、嬉しそうに走り寄って来る幼子の声に僕は全力で、普段通りの僕を演じる事にした。子ども相手なら、多少の違和感はあれど、何とか乗り切れるだろうと判断したからだ。

「奏太君に公園で、会うなんてびっくり。今日は、ピクニックご飯の日なの?」

僕は、“やっちまった”という顔をしている希望に“気にしないで”のウィンクを送りながら声の主に尋ねた。

「そうだよ。あのね、まーくんがおべんとうにきてるから、とくべつなの。」

「お弁当じゃなくて、お勉強な。小狼、ちょこちょこ来てるし会った事、あると思うよ。鈴木正信君に。彼、オレに憧れて保育士目指してて。児童養護施設とか、乳児院とかそっち方面で、働きたいんだって。んで、ウチで2週間の施設実習中で。同時進行で、就活してるからめっちゃ、大変な時期な訳だけど。」

奏太君の言葉を希望が、補足し僕は、その言葉に遠くを見詰めた。正信君に最後に会ったのは、東都医科大附属病院の救急科の医師になる事を決めそこで、医師として働き始めた頃だった。(比較的に安定して稼げる副業その2だと、思っていたから専門医を目指す事は、全然考えていなかった。)

 ふと、正信君との交流を思い返し感慨深く感じた。

「さくらちゃんが、怖がってないのすごいね。そんな能力、あったんだ。それとも、女性と勘違いしてる…?」

 正信君は、女性と見まがう抽象的な顔立ちに黒髪のおかっぱボブだったから、男性恐怖症(そうなった原因は、聴いていないので知らないが。)のさくらちゃんが勘違いしているかと、僕が思う程、正信君にベッタリだった。

「あー、小狼に慣れんのに大体1年位だったよな。オレに慣れんのは、3か月位だったし。ウチの施設に幼女にヤバい事をしようなんて、ヤバい男は今の所いないから大丈夫って、思ってくれてるのかもな。話変わって、視力良過ぎなのは相変わらずで、羨ましいんだが。3.0だっけ?」

「6.0だよ。普通に視力検査すると、2.0以上としか測れないから、今の正確な視力は分かんないけど。」

 

 

 僕を見付けたさくらちゃんは、奏太君と同様に一目散に駆け寄って来た。転びそうになるさくらちゃんを僕は間一髪で、抱き止めた。

「桜井先生が、たまたまいて助かったー。」

久々に会った正信君は、僕が東都医科大附属病院の医師を辞めていても、僕の事を“先生”と呼ぶ事にしているらしかった。

「聞いて下さいよ。オレ、チャリ乗ってて今月、すでに17回も警察に止められたんすよ。一昨日なんて、半日で2回っすよ。良い加減、補聴器とワイヤレスイヤホンの見分け方を周知して欲しいっすわ。補聴器なきゃ、ほぼ無音だしそれで、チャリ乗れって危険運転しろって、事っすよね?!」

「残念な話だけど、世の中の日本人の大多数が持つ聴覚障碍者のイメージって、言葉の発音が変で、手話を使ってる人らしいし。」

「オレも、こうなる前は聴覚障碍者って、そんなイメージだったから分からなくもないっすけど。桜井先生のアドバイス通りに補聴器外して、説明しつつ音が、しないの確認してもらってそれで、100パー納得してくれる人ばかりじゃないのがちょいと、面倒で。この間は、紛らわしいからチャリ使うの止めろって言われて。」

正信君は、中1の頃に虐待による頭部のケガの後遺症で両耳に補聴器なしでは、健常者と同等の日常生活を送る事が出来なくなったらしい。

「後、学生寮のヤツに高屋敷清命の息子ってバレたんすよ。探偵雇って、オレの今住んでる所を特定したらしくてあの人の幼馴染みって精神科医が、訪ねて来て。油断してたオレが悪いんすけど。」

高屋敷清命は、胡散臭い高心精教なる新興宗教の教祖を父親から受け継ぎ安倍晴明の弟子の生まれ変わりであると、喧伝していた人物だ。(安倍晴明の弟子の生まれ変わりと、喧伝していたのは少しでも、胡散臭さを和らげる為だったのかも。)信者から金を搾り取れるだけ、搾り取っていた事や、マルチ商法まがいの事をしていたのが週刊誌にリークされたのを皮切りに信者の修行と称した虐待死やら、有害化学薬品や爆弾の密造やら爆弾テロ事件等の様々な悪事を世間が知る事となり死刑囚として、2年程前に死刑執行された人物だ。

「それで、あの人の話を…?大丈夫だった?」

「あの人と、オレとオレの弟の信考を救えなくてごめんって、ずっと言いたかったって。記憶が、色々とブッ飛んでるっしょ?弟の事は、全然覚えてないし正直言って、10年前に死んでるとかも未だにピンと来てないんすよね。それ、正直に言ったら複雑そうな顔してた。」

僕は、時々相槌を打ちながら、正信君の話を聴いていた。

「あの、センシティブ過ぎて聴いてなかったんすけど。桜井先生は、里親の話が出た時って、どんな感じだったんすか?嬉しかったとか?」

 「嬉しいなんて、全然。祖父の遺言って、聞いたから最終的に仕方ないって、割り切った感じ…かな。僕を養子にするって、貧乏くじ引いたようなもんじゃんって未だに思ってる。」

 「貧乏くじ!!あの人の幼馴染みにそう言えば、良かったか…。」

 正信君は、僕の返答に小声で独り言を呟いた様だった。僕は、それを聴こえなかった事にして話題を変えた。

 

 

〜続く〜

僕等の街で。

「今日は、付き合ってくれて有り難う。拒食症が、完全に治ったかもって自覚した位から、最低でも月1で、甘い物を爆食しないと生きてけない体になっちゃってさ。でも、そうすると普通に太るから、調節が必要なんだけど。」

カレーを食べた後片付けは、赤井さんと葵が、してくれると言うので、僕は諭吉と、駅迄の道を歩いていた。

「拒食に戻ったり、過食に振り切らないのすごいよ。」

「プロは、諦めたけどバレエは、趣味で続けてるからかも。それと、たまに小学生クラスをパチンコ屋のバイト位の時給で教えてるし。てか、イギリスに引っ越す前に通ってたバレエ教室の先生の所に再び通い出したら、良いようにこき使われてるってのが正しいかもな、これは。」

「でも、嫌じゃないんでしょ? 」

諭吉の発する言葉からは、負の感情は感じられない。

「まあ、ね。俺の教え子から、プロが生まれたらって、想像しただけで嬉しいじゃん。」

「確かに。それって、一生物の自慢だね☆」

「俺と、2人の時位は無理すんなよな。」

突然、予想していなかった言葉を諭吉に掛けられた僕は立ち止まり、驚きの顔で諭吉を見詰めた。

「今日、無理してたんじゃないかって思ったから。気分乗らないとか、体調良くないとかあったんだったら、ドタキャンして良かったのに。」

「そんな事したら、2度と誘われないん…。」

僕の言葉は、最後迄続かなかった。自分の感情とは、多分無関係に涙が溢れる。

「そだ、桜が丘公園行かない?あそこなら、ベンチあるし。」

「突然、泣いたりしてごめん。本当、無意識…。」

「多分だけど、めっちゃ無理してたからかもな。誰にも、心配されたくないって常に無理してた代償。俺も、そんな事あったからそうじゃないかなって。」

そう言って、諭吉は僕に自販機のココアを差し出した。

「適当に1番甘そうなのを選んだけど、別なのが良かったら、言って。」の言葉を添えるのを忘れない諭吉の優しさに僕は、紳士とはこういう気配りが、無意識にでも出来る人だと、思った。

「有り難う。」

「何か、上手く言えないけど。小狼の事、ほっといたら何処か、遠くに行っちゃう気がして。」

「謎だけど、ほっとくと遠くに行っちゃうとか、死んじゃうとか親しくなった人に結構な確立で言われるんだよね。」

僕は、ココアを開けながら諭吉に言う。

「マジで、ヤバい時は誰かを頼れよな。じゃ、ないと…。」

説教染みた感じになりそうだったので、僕は諭吉を制した。

「ごめん、今は分かってるよな。マジで、ヤバいその時はポンコツになって、余裕とかなくなるから、そういうの吹っ飛んじゃうしそんな説教染みた言葉、言われても聴こえなくなると、思うけど。心の片隅にでも、俺の言葉をしまっといて。」

「うん、有難う。」

僕は、眼鏡に付いた涙を丁寧に拭き取り空に掲げた。

~続く~

僕等の街で。

諭吉をほったらかしで、南野さんと立ち話をしていたので、諭吉にその事を詫び僕は、部屋のドアに手を掛けた。僕の部屋に上がり込んでいるのは、大家の赤井さんだけのはずだった。

しかし、僕と諭吉を出迎えたのは、見知らぬ旧日本陸軍の将校クラスの軍服を着た男と為吉君だった。

「あの、仕事のご依頼でしょうか?」

小狼、違うよ。この人が、陸軍さん…えっと、佐藤さんだよ。」

「じーちゃんに手紙を託したって軍人さん…?!あ、諭吉ごめん!!旧日本陸軍の将校さんも、硫黄島からいらっしゃってるけど普通に入って、大丈夫だから。」

小狼の家、新しめだし広っ!!この辺の家賃相場、安いったってさぁ。家賃、どうなってんの?!」

都内の家賃相場を全て、調べてからそれを条件に入れて、賃貸アパートを探した訳ではないのだけれど、確かに桜が丘の家賃相場は都内では、安い方の部類らしい。

「このアパートが、幽霊アパートって呼ばれている元凶の部屋だから、僕が出て行く迄は、共益費込みで1万5千円。」

「そんな部屋、良く借りる気になったな。俺は、絶対にそんな部屋を借りたくないな。」

「前に住んでたアパートを老朽化で、取り壊すから退去して欲しいって言われてさ。退去期限は、1年位先だったんだけど入院してたりとかで、じっくりねっとり探せなくて。」

そんな僕の言葉を拾い、「だからって、空室だらけのアパートの1番安い部屋に好き好んで住むんだから、どんな変人がって気になるよね?」と、赤井さんが諭吉に聞いた。

「それで、ハワイから遠路遙々と、トレンディドラマとかの彼女みたいなノリで突然、訪ねて来るって…。それに人の部屋で、家主の許可なしでカレーを作るとか、普通じゃあり得ないですよ。」

「家主不在で、幽霊がカレーを作ってるってのも、普通じゃあり得ないけどね。後、幽霊が訪ねて来るってのも…。」

僕は、赤井さんの言葉を無視して諭吉を招き入れた。それから、「そうだ!!佐藤さん、良かったらカレーを食べて行きませんか?」と、佐藤さんに言った。

「幽霊って、ご飯を食べるの?!てか、お腹空くの?!」

「空腹感は、感じないらしいけど嗜好品感覚で、食べ物は食べられるらしいよ。まあ、食べ物をって人は、あまりいないだろうけど。僕の家に来たら、誰でも普通にお茶出したりして、もてなしてるんで佐藤さんは、気にしないで、大丈夫なんで。」

「カレーの鍋、デカくね?それにめっちゃ甘口な香りしてるし。」

「カレーって、最低でも1週間分は、作れる大きな鍋一杯に作る物だって思ってたけど、諭吉のカレーは違うの?」

「1週間、カレーは飽きるだろ。食費を削って、カレーにするにしてもせいぜい、3日位で食い切れる量を作るもんじゃね?」

僕が、諭吉に反論する前にサラダとカレーライスと、水とマジョラム茶が、テーブルに並んだ。

「今日のカレーは、赤井さん特製のハワイアンカレーだよ♪あっ、佐藤さんのお口に合うかどうか分かりませんが、美味しいので食べてみて下さい。」

葵が、そう前置きして佐藤さんの前にカレーを置いた。

「有り難う。久方振りの本土は、随分と様変わりしてしまって…。自分の家の場所も、分からないなんて…。」

佐藤さんの言葉が、途切れる。

「無理も、ないですよ。東京は、空襲で1度、焼け野原になりましたし。ご家族は、岡山県内に東京大空襲の半年前に疎開したみたいで、皆さん無事だったみたいです。娘さんが、今も岡山市内に住んでるので、成仏する前に行ってみてはどうですか?」

「成仏するって、どうして決め付けるんだよ?!この世に未練たらたらだから、地縛霊してたんだろ?」

諭吉が、佐藤さんの答えを遮り僕に言った。

「地縛霊って、未練たらたらで成仏出来ない霊って、一括りにされがちだけど。下手したら数千年前、数百年前から地縛霊してて、もう何で、地縛霊してるか忘れてる霊も、いるし。そんな霊が、口コミで訪ねて来たりするから、そうかなって。」

「それ、話を聴くだけでも大変そうだ。」

確かに諭吉の言葉通りなのだけれど、大袈裟に言えば日本の平和維持に繋がるので、儲からないと嘆きながらも、止(や)めない理由になっている。

「話を聴くのは、嫌いじゃないし。むしろ、教科書に載ってない歴史とか、教科書に載ってる歴史の間違いとか裏話とかを聴けるから楽しくて。」

「テストの解答が、確実にややこしくなるパターンだな。下手したら、そんな人存在してないとか、そんな事してないとかあって。」

邪馬台国が、何処にあったかの話は学者先生達の説が、珍妙なのもあって面白いから、内緒にしときたい事の1つだな。確か、インドネシアのジャワ島説とかあったし。」

ここで、葵が口を挟む。

徳川埋蔵金とか、ロマンあるよね。あれも、場所とかに色々な説がなかったっけ?」

徳川埋蔵金の場所?それは…って、言わないっ!!成仏したら、あっちで徳川慶喜にでも、聴いてよ。地獄に堕ちてなくて、転生してなかったらだけど。」

「そんなのも、知ってるの?!」

僕の葵への返答に諭吉が、驚く。

「信憑性が、高い噂レベルの話は複数人に聴いた事が、あるけど言わない。」

「又一郎さんも、同じ様な事を言っていたが、幽霊との会話が、楽しいと言うのは又一郎さんの影響か?」

佐藤さんの言葉に僕は、驚いた。

「じーちゃんが、そんな事を…?僕、若い頃のじーちゃんの事を全然知らないんです。写真は、空襲でほぼほぼ、焼けちゃったみたいで。残った写真や、戦前の日記は、終戦直後に燃やしたって、言ってたから。それに語りたがらなかったんですよね。僕も、聴きたがらなかったですけど。」

「語らなかったのは、支那人だったからかも知れないな。大東亜共栄圏を掲げて、アジア民族の独立と謳っていたが、実際は植民地化を推し進め、日本人以外は差別的に又は、人体実験の材料…物として接していた人も少なからず軍にはいたな。日本人では、ないと分かってしまえば、スパイ容疑等の難癖を付けてもしくは、理由も告げられずに憲兵やら、警察やら軍人やらに連行される事もあったから、慎重になるだろう。」

そこ迄、一気に言って佐藤さんは、カレーを頬張った。

~続く~

僕等の街で。

僕が、諭吉を連れて帰宅すると、疲れ切った顔をした南野さんに会った。

小狼君!!後で、laneしようかなって思ってたんだけど丁度良かったよ。黒の騎士団について、知ってるかなって。」

僕は、知らないし初めて、聞く団体名なので首を傾げた。僕を諭吉から遠ざけ、黒の騎士団について南野さんは簡潔に説明してくれた。

無秩序で荒廃した異界が、1つになり人肉食が禁じられる事を危惧した者達が作り上げた組織だったのが、黒の騎士団で異界統一と伴に自然消滅したと、思われていた。

「実際は、地下に潜ってただけだったみたいで。最近、また活動が活発になってて…。」

そこ迄、言って南野さんは、複雑な表情になった。

「前に取っ捕まえてくれたコンビニ強盗犯、アイツも黒の騎士団の元次期幹部候補の団員だって判明して…。面会に行って…。」

南野さんの声が、少し震える。

「感情的になっちゃいませんでした?前にぶん殴るとか、言ってたから。」

僕の言葉に南野さんは、首を横に振った。

「今の黒の騎士団って、子どもを誘拐して洗脳教育して、団員を増やしてるんだ。それで、都合悪い状況になったらトカゲの尻尾切りの如く殺される。アイツ、面会中に僕の目の前で死んだから、僕もはめられたのかなって…。」

「大丈夫なんですか?!」

「僕、妖術を操るの大人になった今も下手くそで、初級レベルのも高確率で、失敗したりするんだよね。怒りに任せて、妖術を使うと取り返しの付かない事態になったりするし。」

そう言って、南野さんは力なく微笑んだ。

「僕が、妖術を使うのが下手くそだって、知ってるヤツが庇ってくれて。去年の能力認定試験の動画を証拠に提出してくれたりしてさ。初めて、妖術を使うの下手くそで良かったって思ったよ。で、さっき異界から、帰って来れた所。あ、長々とごめんね。僕、そろそろ…。」

「あの、お昼時だし良かったら、僕の部屋でカレー食べていきません?」

「そうしたいけど、入国管理局の尻拭いに行かないといけないから。異界で、無差別テロを起こして指名手配されてるヤツをスルーで、東京ゲートから入国させちゃったらしくて。今度、カレーを作る予定の時に誘ってよ。どんなカレーを作るかを考える所から、一緒にしたら絶対に楽しいし。」

南野さんが、指切りのポーズをするので僕は、微笑んだ。

~続く~

僕等の街で。

アフタヌーンティーセットを食べ切れなかった僕は、幸子さんとの交渉の末に持ち帰る事になった。なので、冷蔵庫にそれをしまう必要性から諭吉を僕のアパートの部屋へ誘った。

 「良いの?」

 「うん。同居人達が、カレーを作ってると思うから聞いてみてからだけど。」

 「同居人達?」

 「幽霊2人と、九十九(つくも)神の市松人形と住んでるんだ。安心して、悪い人じゃないから。1人は、君と同年代位の男の子だから、お友達になってくれたら嬉しいな。それと、僕は悪い事をする幽霊は払うけど、良い事をする幽霊は払わないから大丈夫だよ。」

 僕は、諭吉の椅子の後ろに隠れた男の子に笑い掛けた。

 「あ、ごめん。諭吉の守護霊が、怯えちゃったから。」

 そして、僕は諭吉に説明する。

 「俺の守護霊って、子どもなの?てか、小狼って守護霊も、見えるの?」

「守護霊も、幽霊の1種だから見えるし普通に会話出来るよ。普段は、見えてない様に振る舞ってるけど。諭吉の守護霊は、小学生位の男の子ともう1人、髭もじゃのおじいさんだけだってエドワード君が、言ってる。ん?諭吉って、エドワード君の本当のお兄ちゃんなの?!」

大概の守護霊は、生身の人間と話す機会が、皆無なので嬉しそうに何でも、僕に話してくれる。エドワード君も、そうだった。

「俺の守護霊、龍之介?!あ、弟も名前が長いんだ。龍之介が、8歳になる年に骨肉腫で、死んじゃったんだけど。俺が、プロのバレリーノを目指してたの龍之介が切っ掛けだったな。最初は、龍之介の夢だったんだ。」

そう言って、諭吉は笑顔になった。

「家電に掛けて大家さんが、普通に出たから間違えたかと、思ったけど大家さんと、一緒にカレーを作ってるみたい。ウチの幽霊と、九十九神の事を大家さん、知ってるから。」

「大家さんが、勝手に小狼の部屋にいるのは良いの?!」

大家さんが、普通に僕の部屋に上がり込んでいる件を僕が問題視しないので、諭吉が言う。

「幽霊を含めて、慣れてるから。それに大家さんには、常識を求めるのは間違ってるなって、この間初めて会って悟ったんだ。」

僕は、大家さんと初対面した時の事を諭吉に話した。諭吉も、僕が心の中で、突っ込みを入れたのと同じく「小狼の彼女みたいな現れ方だな。」と言った。

~続く~

僕等の街で。

「頑張り過ぎるのって、良くないって分かってるけど、頑張り過ぎちゃうんだよな。」

僕は、イタリアンプリンを食べながら言った。

「急にどうした?!」

桜が丘小学校時代の僕を知っている諭吉に僕は、持病の事を正直に白状した。

「持病の事を話すのって、すっごい勇気がいるのに正直に話してくれて、有り難う。」

そして、超特盛プリンパフェのバニラアイスと格闘しながら、諭吉が続けた言葉に僕は、驚いた。

「俺も、イギリスに住んでた頃に拒食症だった。バレエが、学べる寄宿学校に8歳になる年の4月から12歳になる年の10月迄籍を置いてたんだけど校則とか寮のルールとか、レッスンとか後、体重管理云々がめっちゃ厳しくて。多分、俺にその環境とか諸々が、合わなかったんだろうな。バレエを始めた5歳の頃は、バレエってめっちゃ楽しかったのにあの頃は、バレエが苦痛だったし。」

僕は、ロイヤルミルクティーを少しずつ飲みながら諭吉の話を聴いた。

「拒食症って、分かってすぐにバレエの学校を退学してバレエ、辞めて。日本人学校の初等部に籍を移して。」

「バスミュって、イギリス公演してたっけ…?」

「親父の東京出張に合わせて、冬休みに日本に一時帰国してさ。その時にバスミュを観て、バスミュに出たいって思って。それから、治療をめっちゃ頑張った。」

諭吉が、そう言って僕にスマホの待ち受け画像を見せてくれた。5代目の佐藤紀親=朔夜君と、着膨れていても分かる程にガリガリな色白の少年が写った画質の粗い物だった。

「5代目にバスミュに出る宣言したからには、叶えなきゃだろ?真面目な性格が、良い方に転がっての今だし。だから、この画像は初心を思い出すお守りみたいな物だな。」

「僕も、そういう目標みたいなの見付かるかな?」

「俺を目標にしてくれても、良いんだぞ。」

諭吉の言葉を僕は、否定した。

「目標として、崇めるより諭吉とは一生友達で、いたいな。諭吉が、嫌じゃなかったらだけど。」

「嫌な訳、ないだろ。事務所の人にも、オーディションの時に言ってない過去を曝(さら)け出したんだから。」

諭吉が、そう言って超特盛プリンパフェの真ん中辺りのプリンの層と、格闘し始めた。

「あの、一生友達でいたいとか、言っておいてあれだけど。多分、絶対に迷惑を掛けると思うんだ。精神的に不安定な状態だし。拒食症になる前に患ってた解離性同一性障害、再発するかもだし。」

「多重人格?そうなったら、そうなった時だろ。夢原直人って、男がヤバいヤツだってもう、刷り込まれてるからな。最初は、戸惑うだろうけど受け入れちゃったら、仲良くなる自信しかないな。」

諭吉が、胸を張る。

「有り難う。バスミュの関係者で、僕の病気の事を正直に話したの諭吉だけだよ。トッキーに詰め寄られた時は、重度の貧血持ちって言って、誤魔化したし誰も知らないんだ。」

貧血の症状の1つに食欲不振が、含まれているから医学知識のなさそうな僕の過去を知らない人には、トッキーに詰め寄られてから重度の貧血で、押し通す事にしていたのだが誰にも、バレていなかった。

「本当に話してくれて、有り難う。それと、スイーツを食べに誘っちゃったの不味かった?治療云々に影響とかあったりしない?」

「大丈夫。今は、とにかく何でも、普通に美味しく食べられる様になる事と体重を増やす事って、ミッションを課されてるから。マジョラム茶に頼らないと、無理な時とかあるし。まあ、頼っても無理な時も、あるけど。」

 「マジョラム茶ってどんなお茶?」

 「食欲不振に効くって、三浦豪太がプレゼントしてくれたんだけど、正直良く分かんないんだよね、ハーブの効能効果って。味は、オレガノっぽくて苦いけど美味しいよ。」

 僕は、そう言ってロイヤルミルクティーを飲み干した。

 

 

 

~続く~

僕等の街で。

朝日平駅前のロータリーで、僕は諭吉と、待ち合わせていた。

「15分前に着いちゃって、早かったかなって思ったのに小狼、いるし。」

「ちょいと前だよ、来たの。ついでにさっき、YOU&Iに電話したんだけど今日は、臨時休業だって。」

僕の言葉に諭吉は、残念そうに呟いた。

「今日の為に1週間、スイーツと、主食断ちしてたのに…。」

「あ、でも!!cafe cloverは、定休日じゃないし!!今、アリスのティーパーティ期間だし!!」

ガッカリしている諭吉に僕は、言う。

「アリスって、ふしぎの国のアリス?」

「そ。今月末、ハロウィンだから。毎年、ハロウィンの時期はアリスのティーパーティ期間でさ。アニメのネズミー映画を基にしてるから、トゥイードルダムとトゥイードルディーもいるんだ。超そっくりなリアル双子だから、引くかもだけど。」

cafe cloverは、変わらずの大人気店で何時も通りに行列が出来ていた。それを捌いていたのは、トゥイードルダム&トゥイードルディーの衣装を着た双子=東宮旬君と、純君。

小狼、お帰りー。僕達、可愛くない?」

僕と、諭吉を案内しながら旬君が、言う。

「毎年、それだし見慣れてるから、ノーコメントで。」

「冷た…。あ、そだ。今、ニューススタジアムの特集の取材でTVTの人が、来てて。だから、愛理さんと、優斗さんがヘルプに来てくれてて。YOU&I、今日は閑古鳥らし…。」

諭吉から漂う不穏な空気を感じて、席に着くと僕は、慌てて話題を替えた。

「旬君のオススメメニューは?」

「どれも、美味しいからオススメだけど。強いて、選ぶならスイーツ系は、期間限定の超特盛パフェシリーズかな。ご飯系なら、ナポリタンとクラシカルオムライスだな。」

不穏な空気には、全く気付いてない旬君が頬笑む。

「有り難う。」

そんな旬君に僕は、お礼を言った。

「アリスのティーパーティにようこそ♪超特盛プリンパフェと、ロイヤルミルクティーアフタヌーンティーセットです。」

「優斗さん、アフタヌーンティーセットなんて頼んでないよ?」

僕はマッドハッターの格好をした優斗さんに僕は、言う。

「陸と、海(かい)の家庭教師代の代わりだって、修二さんが言ってた。余計なお世話かもだけど、家庭教師の月謝位はちょっとでも、貰ったら?本業、儲からないって言ってたじゃん。」

優斗さんの言葉は、目から鱗だった。

「家庭教師って、思ってなかったから。僕は、陸と海のお父さんの代行って思ってて。」

「これも、お節介か。9年前のあの日の事は、詳細を知ってる訳じゃないけど良い加減、自分を責めるの止めなよ。」

優斗さんのお節介な助言を僕は、お節介とは感じなかった。

「過去の自分を責めたって、未来が変わらないのは、分かってるんだけどね。」

優斗さんは、僕の答えに頷いた。

「それから、僕の店を臨時休業にしてごめんよ。」

「僕は、気にしてないけど諭吉には、相当なダメージだったみたい。YOU&Iの特盛パフェを食べる気満々で、1週間スイーツ断ちしてたっぽいから。」

「ごめんね。営業時間と、休業日を不定にしてから閑古鳥な日ばかりでさ。葵の入院代やら何やらを稼がなきゃなんないから、超暇な日はここにいるんだ。」

優斗さんの言う葵は、優斗さんの今年生まれた息子だ。葵の様に肌の色や、宗教や思想なんかが違う人とも、仲良くなれる人になって欲しいという理由で、名付けたらしい。

「入院?」

「あ、小狼にまだ言ってなかったね。蜂蜜を食べたらしくてさ。僕のばあちゃんが、咳出るからってあげちゃったらしくて。」

知らない人も、いるから書くけれど、1歳未満の子には蜂蜜を与えると、乳児ボツリヌス症になるリスクがある。蜂蜜のラベルを良く読めば、1歳未満に与えてはいけないと書いてあるのだが。

「それと、ここだけの話。ここの超特盛プリンパフェって、ウチの特盛プリンパフェと一緒なんだよね。プリンの固さとか、生クリームの甘さとか細かい部分は、違うけど。」

特盛プリンパフェを頬張る諭吉に優斗さんが、囁いて去って行った。

「本命じゃないけど、これはこれで美味しい♪で、小狼にすごいのサービスしてくれたよな。確か、6500円って書いてあった様な…。」

「多分、これメニューに載ってないヤツかも。僕が、好きって言ったヤツばかりだし。」

諭吉にそう言ってから、僕は気付く。“頑張り過ぎるな”と、いう修二さんのメッセージだと。

~続く~

僕等の街で。

小狼君と、葵君の関係って、羨ましいな。心が、通じ合ってる感じで。兄弟みたいにみえる時も、あるし。」

南野さんが、笑う。

「兄弟…。」

為吉君が、呟く。

「大丈夫!!きっと、何時かはお兄さん達に会えるって!!あ、あの話しよ。紀元二千六百年特別観艦式の!!観覧に当選したから、横浜で本物の比叡とか長門とかを見たんでしょ?僕、白黒の写真とかでしか見た事がないから、羨ましくって。」

初めて、戦時中に使われていた戦艦大和の写真を見た時の僕の目は多分、輝いていた。プラモデルになったり、ゲームで登場したりするのも、瞬時に理解出来た程格好良いと、思ったのだ。

「直人、何だかんだで、色々な事にめっちゃ詳しいよね。今時の若者は、紀元二千六百年特別観艦式なんて知らないと思うけど?」

「円満に成仏してもらうには、世間話やら雑学も、大事なスキルの1つだから。戦時中に水戸で、町医者だったって言ってた幽霊と、医学の話をした時とか良いアドバイスを聴けたしね。」

小狼君、本当にすごいよ。3ヶ月で、為ちゃんと仲良しになっちゃうし。この部屋の住人の中で1番、長く住んでるし。みっちゃんを引き取って来ちゃうしで。」

「ためちゃんと、おともだちになってからたのしかったけど、しゃおらんくんがおひっこししてきてからは、すごーくたのしいの!!」

かえでちゃんが、僕に言う。

「僕も、ここに引っ越して来てからすごーく、楽しい。ここの近所の桜が丘荘に住んでた時は、お隣さんと交流なくて。ご飯を一緒になんて思わなかったし。」

「そう言えば、そこも幽霊アパートなんて、呼ばれてたね。署内では、旧幽霊アパートで通じてたなぁ。」

南野さんが、言う。

「蔦が、生い茂った築65年のオンボロアパートってだけだったんですけどね。オンボロだからって、理由で桜が丘の平均より、家賃が安かったんで、住み続けてたんですけど。」

「この部屋の比じゃないでしょ?大家さんから、聞いたんだけどこの部屋、入居者を募集し始める前から幽霊が出るって、噂になってたらしくて。1ヶ月以上契約してくれた人が、小狼君以外にいなくて、泣く泣く1万5千円に下げたら、小狼君が、食いついたって訳らしいよ。」

僕は、海外に住んでいるらしい大家さんに会った事がない。家賃は、銀行振り込みだしこの物件は、大手の不動産仲介業者の運営するサイトで、見付けた物だったので契約に赴いた先は、その仲介業者の最寄りの支店だった。(吟味している時間が、なくて即決したので噂話は、知らなかった。)

なので、僕は大家さんの事を南野さんに聴いた。

「大家さんが、どんな人かって?今、娘さん家族とハワイに住んでるよ。今年、還暦だったかな?4年前にひょっこり、帰って来た時はハワイの教会で、働いてるって言ってたけど。一応、常識はある人だから、大丈夫だよ。」

“一応、常識はある人”という文言は、40分程後には訂正される事となった。何の連絡もなく、大家の赤井隆人(たかひと)と名乗る男性が、名刺とハワイの定番土産品(みやげ)マカダミアチョコを持って訪ねて来たのだ。

「幽霊アパートの幽霊が、出る部屋を1ヶ月以上借りてくれている青年に会ってみたかったんだ。ついでに南野さんにも、会いたくなって来ちゃった。」と、大家が玄関先で言う。

僕は、“恋愛ドラマの主人公の彼女か、あんたは?”と喉迄、出かかった言葉を飲み込む。

「大家さん、紅茶はお好きでしたよね?小狼君が、良いと言えば、上がって紅茶をば。昼間にモンブランを余分に作ってしまって、1つ余ってるんです。」

僕が、了承し折り畳みテーブルをもう1つ出すと赤井さんが、入って来る。

「昨日、イギリス王室御用達ブランドの超高級茶葉を手に入れたんで調度、良かった。小狼君、僕の部屋の冷蔵庫に入っているモンブランを持って来てくれない?」

「いやー、良い人に借りてもらえて、本当に良かった。それも、桜井家の直人君だなんて。幽霊の件、何とかなるなら勇太郎に相談しとけば、良かった。」

紅茶を啜りながら、赤井さんが、言う。僕は、会った事がなかったが養父(=勇太郎)と、桜が丘学園幼稚舎時代からの悪友らしい。(警察に補導される様な事は、していないらしいが。)

「あの、押し入れのお札って…?」

僕は、押し入れのお札の出所が気になっていたので、赤井さんに訊ねた。

「お札?そんな物、あったんだ。南野さんは、知ってた?」

「多分、4年前に実質2日程住んでた人が貼ってったヤツだと、思うんですけど。それから、この部屋に住み着いた人っていないし。」

「そうだったんだ…。それから、家賃ってどうなっちゃうんですか?この部屋にずっと、住んでる鈴木為吉君を僕は改心させちゃいましたし。不動産屋さんには、伝えたんですけど放置されてて。」

家賃については、僕の1番の気掛かりだった。

「ここにずっと、住んでる幽霊の名前は鈴木為吉君って言うんだ。格好良い名前だね。僕は、18位迄は幽霊と、会話してたしハタチ位迄は、見えてたんだよ。でも、還暦の今は気配と、悪霊かどうかを感じ取れるだけになっちゃった。」

寂しそうに赤井さんが、言い僕が、「見えない方が、良い時の方が遥かに多いし、見えなくなって良かったと思います。」と言った。

「勇太郎も、同じ様な事を言ってたなぁ。えっと、家賃の件だけど直人君が、退去する迄値上げしない事にするよ。」

「有り難う御座います!!」

「こんな好青年になら、長く借りて欲しいし。」

この街では、良い出会いが多過ぎる。多いに越した事は、ないのだけれど。

「直人君の膝に座ってるお嬢さん、桜が丘学園高等部の合宿所にいた九十九(つくも)神でしょ?茶道部の使ってる部屋に前理事長が、置いた…。」

「みつの事、知ってるんですか?!」

「知ってるよ。俺が、中1の時の話だもん。その後すぐ位から、合宿所に幽霊が出るって噂になってさ。堂明寺のクソ坊主と、勇太郎が何回、ぶちギレた事か…。でも、元理事長がめっちゃ、嫌がるから堂明寺のクソ坊主が、引き取れないし勇太郎も、お焚き上げ供養出来ないしでそのままだったんだよね。」

僕の膝の上のみつが、オロオロしているのを僕は感じた。

「みつの事、誰も叱らないから大丈夫だよ。乙女心を全然、理解してなかった義父さんには、後で文句を言わなきゃな。たまーに僕より、沸点低い時があるから、売り言葉に買い言葉だったんだろうって容易に想像出来るし。」

乙女心に疎い養父が、結婚出来たのは奇跡だと、養父を良く知る人は口々に言っていた程に乙女心を分からない人だ。

「乙女心ねぇ…。俺も、そういうのちょいとばかり疎いからなぁ。気付いてたら、止めてたんだろうが…。」

赤井さんが、苦笑する。

「小6のホワイトデーに唯一、本命っぽいチョコをくれた女子に手作りのビックリ箱を贈る様な男だからな。まあ、その子と結婚するなんて、あの時は思わなかったよ。」

相手が、喜ばない様な品を養父がプレゼントしてたのは昔からだったのかと、妙に納得してしまう。

「さてと、8時になるし4年程空き家にしてた我が家に帰るかな。俺の家、このアパート1階の右端で、2週間はいる予定だから。」

赤井さんが、微笑む。

「そうだ!!直人君、都合良い日の昼間にハワイアンパンケーキを食べに来てよ。本場仕込みの味、食べて欲しいしもっとゆっくりと、お喋りしたいし。為吉君と、もう1人いるっぽいから君と、みつちゃんも来てよ。」

「来週の水曜日なら、今の所予定ないので、伺います。」

「じゃあ、来週水曜日の10時半頃に。あー、楽しみだなぁ。」

赤井さんは、嬉しそうにそう言って去って行った。

~続く~

僕等の街で。

2週間振りにアパートに戻ると、僕の部屋の電気が付き、窓が開いていた。

小狼、お帰りなさい。あのね、葵君が喘息の発作が、出て祝さんに窓を開けて掃除してもらったの。ついでにご飯を作るって、祝さんがお台所にいるわ。」

窓際の本棚の上にいたみつが、窓の外から中を覗いた僕に言う。

「で、葵と為吉君は?」

「葵君は、祝さんのお家で疲れて寝てるみたい。為ちゃんは、かえでちゃんと遊んでるわ。今日、さくらさんがお仕事でいないんだって。」

「みつ、教えてくれて有り難う。それと、今日の服も可愛いね。みつは、何を着ても可愛い❤」

今日のみつの服は、僕が詩織のロリータな私服(新品のブランド品は、高いから自作した服やそれっぽい古着が、ほとんど。)と、桜が丘学園の女子の制服の写真を参考に作った紺色のセーラーワンピース。

「私、何にも出来ない役立たずなのにこんなに良くしてもらって…。」

「みっちゃんは、ちゃんと役に立ってるよ。かえでの遊び相手になってくれるし。」

窓を閉めに来たらしい南野さんが、言った。

「みつは、いてくれるだけで良いんだよ。可愛くいてくれるだけで、僕の癒しだから。」

僕も、みつに素直な気持ちを伝えた。

「あ、小狼君のお部屋に勝手に上がり込んで掃除して、食材持ち込んでご飯作ってて…。連絡、しないでごめんね。緊急事態で、バタバタしてたから気付いた時には小狼君が、帰宅してて。」

「いえ、葵の事を有り難う御座いました。」

「ご飯、出来たからかえでと、為ちゃんを呼んで来てくれる?後、葵君も食べられそうだったら一緒に食べようって、伝えて。」

「たこ焼きと、オムライスって、どういう訳でこの組み合わせ?」

葵は、たこ焼きはご飯のおかずにはならない派の人間で、たこ焼きとご飯を一緒に食べる人には、必ずこの質問をする。

「今日、SOULのメンバーが事務所に呼び出されたから、お土産のリクエスト聞いたらたこ焼きってなってさ。そのついでに買って来たら、南野さんがご飯を作ってくれてたから。」

「僕が、喘息の発作を起こしてたからそうなったんだ。色々と、ごめんなさい!!」

元々、蒼白い葵の肌が何時も以上に蒼白く感じる。

「今日は、無理しちゃダメだからね。」

「うん、そうする。何か、今は何時も以上に背中の真ん中辺りが、痛くて。膵臓が、原因だと思うんだけど。」

僕は、朴先生に頼み込んで特別に葵の電子カルテを見せてもらった事が、ある。その時は、腫瘍の転移した場所に膵臓は含まれていなかった。(後に幸子さんに見せてもらった葵の記録ノートにも、日記にも記述は、一切なかった。)

それを僕は、指摘すると葵は、「説明聴いてた時に1回、喘息の発作が出ちゃって。多分、その日のノートは抜けてるから、それでかも。」と、言った。(2005年10月9日以降の記述は、葵の体調の良くない日が多く、記録ノートにも日記にも、事細かには書かれていなかった。)

「幽霊になったら、痛みとか苦しみとかから、解放されるって思ってたんだけどな…。霊感強い人じゃなきゃ、見えないのと壁抜け出来るのと、念じたら瞬間移動出来る事以外は、生前と変わんないし。病気って、死んだら治る物じゃないの?!」

葵のその言葉に僕は、耳を疑った。

「書類にサインする前に説明、聴かなかったの?注意事項とか、諸々の説明に納得しない人には、サインさせちゃダメな決まりなはず…。」

「そうなの?全然、そういうのなかったけど。」

葵は、幽霊になる申請をして通れば、数日~数年程この世に滞在出来る事と、夢枕に立てる事のみを言われたらしい。

「日本死神協会東京支部長に今度会ったら、文句言わなきゃだな。それと、葵が説明を受けてないって事は、書類が無効になるから…。」

僕の言葉にいち早く反応したのは、僕の膝の上にいるみつだった。

「葵君、いなくなっちゃうの?」

「それは、葵次第かな。注意事項とか、諸々を説明しなきゃなんないし…。確認しなかった僕にも、非があるし…。この場合、どうするのが正解…?」

僕は、天使に覚醒したばかりの頃に読んだマニュアルになかったか、記憶をひっくり返してみるけれどそんな記述は、なかった。

「僕、まだ成仏する予定はないよ!!直人が、いても良いよって、言ってくれるなら…だけど。」

葵が、僕を見詰める。

「即刻、成仏しろなんて言わないよ。基本は、マニュアルに忠実にだけど。想定してなかったみたいで、マニュアルに載ってないし僕だって、臨機応変に融通を利かせる位はするって。まあ、サインする前にされるはずだった面倒な説明は葵の発作が、完全に落ち着いたら聴いてもらうしかないけどね。後々、ゴタゴタしたら余計に面倒だし。」

僕の言葉に葵が、驚いた顔をするので、「びっくりする様な事、言ってないよ?」と、言いながらマジョラム茶を飲み干した。

「超真面目で、超完璧主義な人間から融通って、言葉を聴く日が来るとは思わなくて。随分と、性格が丸くなったなって。」

葵に言われ、改めて“融通”という単語を躊躇(ためら)わずに使う事が出来た自分を褒めたいと思った。

~続く~

僕等の街で。

事務所の第3レッスン室。これから、SOULのメンバーに突撃されるなんて夢にも、思ってなさそうな6人がダンスの基礎レッスンをしていた。

そこへSOULメンバー+社長が、予告なく勢いに任せて突撃した訳で間違いなく、恐怖を与えてしまったと思う。

「これ、絶対にサプライズ失敗だよ。」

陵介が、呟く。僕を含めた他のSOULメンバーが同じ事を思った。

「突撃サプライズが、通用するの青葉とドスコイ山乃海さんだけじゃないですか?」

ちなみにドスコイ山乃海は、天草プロダクション唯一のお笑い芸人で元力士。

「このサプライズを考えたのって、信也?」

「そうだよ。優実、もうちょっと怯えてよね。サプライズに気付いたとしてもさ。それと、良い加減にお父さんって呼んで欲し…。」

「俺は、信也の事をお父さんだなんて、絶対に呼びたくないって何度も言ってるだろ!!」

社長が、全てを言い終わる前に優実こと、優衣が言う。

「えー、お父さんって呼んでよー。僕の夢、叶えてよー。」

「キモい!!ウザい!!しつこい!!」

この辺で、僕は空気が、変わったのを感じて優実を止めた。

「皆のイメージ通りの大和撫子になるって、決めたのに台無しだろーが。」

「本当の自分をさらけ出さないと、精神的に疲れるから止めといた方が良いよ。」

優に向けた僕の言葉は、僕に向けての言葉でもあったりする。

小狼にだけは、言われたくねーよ!!」

「自分に言い聞かせる意味でも、言ったんだけど。」

「ストップ!!今日は、新グループをSOULの皆にお披露目なんだから。まずは、メンバー紹介☆」

新グループのメンバーは、リーダーの天草優衣(23)・サブリーダーの高屋敷さくらちゃん(18)・四月一日(わたぬき)愛ちゃん(20)・猿渡(さるわたり)夏樹ちゃん(19)・中島葉月ちゃん(21)・佐野雪奈ちゃん(22)の6人。

「サブリーダーが、さくらちゃんならこのグループ、大丈夫だな。優が、リーダーって知った時は、不安だと思ってた。」

僕は、さくらちゃんの事を以前から知っていた。小学生の頃の彼女は、ぷちCHERRYの専属モデルで僕が、CHERRY BOYの専属モデルだった時に何度も一緒に仕事をしたからだ。

「不安って、言うな!!まあ、元ぷちモのさくらがいるから、安心したのは事実だけど。」

「そう言えば、社長が言ってたお知らせって、何?」

肝心のお知らせの話にならないので、陵介が言う。

「お知らせその1!!悩みに悩んだ妹分グループ名を発表しちゃうよ。じゃじゃーん!!」

社長が、手提げ袋から取り出した書き初め用紙には、社長直筆の文字で“ANGEL”

と書かれていた。

「アンゲル…?」

青葉の言葉に社長は、衝撃を受けた様だった。

「アンゲルじゃなくて、エンジェル。アンゲルって、読むなんてアホ丸出しでしょ。」

社長が、困惑している事に気が付いた陵介が言う。

「ローマ字を正確に読める様になった事は、褒めないとダメですよ。」

豪太は、僕以上に青葉を褒めるのが上手い。

「お知らせその2!!来年の8月2日、3日にSOULとANGELの為に武道館を押さえたよん。」

「ほへ?!武道館?!」

社長の言葉の意味を理解出来ずに僕は、間抜けな返ししか出来なかった。

「何時かは、武道館でライブ出来る様な立派なグループにしたいって、SOULのメンバー発表の時に言ったの忘れちゃった?」

「あれ、冗談じゃなかったんですか?!」

「悲しい事、言わないでよ。それと、お知らせその3!!SOULと、ANGELの冠トーク番組が、ねこねこ動画で1月から、始まるよん。しかも、生放送。第1回目は、1月10日の夜8時。」

「社長の夢、叶いまくりじゃん。」

大雅が、呟いた通り9年前に社長の語っていた夢は確実に叶っている。

「お知らせその4!!ANGELのデビュー曲の候補、決定したんで後日、ANGELの皆と選ぼうと、思うんだ。デビュー迄の予定は、後で連絡するね。」

SOULのデビュー曲も、そうやって決めたのだが500曲近くを聴いて、3曲に絞るのはしんどい作業だった。

「お知らせその5!!東都ラジオで、SOULとANGEL合同の冠ラジオ番組がスタート予定。予定で、まだ何にも決まってないんだけど。下手したら、予定のままかもな曖昧な感じらしいけど。」

「曖昧なお知らせは、止めろって前から言ってるだろ!!」

曖昧なお知らせは、初めてではないのでサラリと、流したSOULメンバーの代わりに優が言う。

「まあ、良いじゃないか。お知らせラスト!!来年の25時間テレビのメインパーソナリティーにSOULが、決まったよん♪」

「ドッキリじゃない…よね?」

「青葉、そんな警戒しなくたって良いじゃないか!!ラストは、昨日オファーをもらいたてホヤホヤだったんだけど、桜井が勝手にOKしちゃったんだよね。それで、決まったんだけど。」

25時間テレビのメインパーソナリティーも、社長の語っていた夢の1つだ。

「叶ってない夢って、ドームツアーと国立競技場でのライブと、てっぺん取るって事位?何を基準にてっぺんかは、いまだに分かんないや。」

大雅が、言う。

「CD発売週の週間ランキングの1位常連で、老若男女に認知されてる個人でもグループでも、テレビ出まくりの国民的なグループになったら、てっぺん取ったって言えるんじゃない?」

僕の答えは、正解かは今も、分からないけれど僕は、これがてっぺんの答えだと、思っている。

小狼の言うそれが、てっぺんだとしたらまだまだじゃん。最近、高確率で大魔人の浜やんと間違えられるから。」

青葉が、嘆く。

大魔人、売れてるからなー。ウチのドスコイ山乃海も、売れたら万々歳なんだけど。さてと、お知らせし忘れた事はない…かな?それじゃ、お疲れっ&解散っ!!」

言いたい事を全て言って、社長は消えた。

~続く~

僕等の街で。

GO GO亭のたこ焼きと、大阪の恋人を土産に僕は東京に戻って来た。アパートには、帰らずに召集の掛かっていた事務所の第1レッスン室に向かった。(laneで、召集令状なる文言が、届いていた。)

そこでは、青葉が感謝祭に向けてこの時、まだ未発表の最新曲の自主練をしていて大雅が、それに付き合っていた。僕は、邪魔をしない様になるべく音を立てずに中に入った。

「やっぱり、青葉の振りとか歌詞が、所々間違ってんだよなぁ。前より、ずっと減ったけど。それと、忘れたり間違えた時に間抜けな顔するの止めたら、完璧。」

「間抜けな顔、してた?!」

「してた。そういう時は、無駄に良い感じの顔してれば何とかなるって、俺は思ってんだけど小狼は、どう思う?」

急に振られて、僕は驚きつつ、「普通に堂々と、してれば良いんじゃない?間抜けな顔してると、アホに見えるから。」と答えた。

「意識的に直さなきゃだな…。」

溜め息を吐く青葉。

「前より、覚えんの早くなってる。今回、まだ完璧には遠いけど、2曲を3日で覚えたじゃん。しかも、小狼の力借りないで。」

大雅の言葉を聞き、僕は嬉しくなった。

「振り付けの先生には、動画を送ってもらったりして今回も、迷惑を掛けたけどな。」

「それでも、すごいよ!!」

青葉が、指1本を動かすのも、苦労していた頃を知っている僕は、感動していた。

「青葉は、いるだろうからって集合時間の40分前に来てみたけど、皆、いるし。俺が、遅刻したみたいじゃんか。」

陵介を除く、SOULメンバーが予定の1時間程前には、集まっていた。

「冷めちゃったけど、約束のGO GO亭のたこ焼き。それと、大阪の恋人も。これ、食べて機嫌直してよ。」

前日に召集のlaneを受け取り、手土産のリクエストを聞いていた。

「俺、志望校変えたんだ。大宝芸大の芸術科舞台芸術専攻に。今日、その件で担任と、個別面談して来た。」

たこ焼きを頬張りながら、陵介が僕に言う。

「進路変更、俺と豪太と橋純のアドバイスの賜物だな。」

大雅が、胸を張る。ちなみに橋純=元SOULのメンバーで、5年前に芸能界を引退した橋本純。

「大雅と、豪太と橋純にガチの進路相談して良かったかも。歳が近い方が、参考になるなって。進路指導の先生、就職に重きを置いてるみたいで全力で、相談に乗るとか言ってても、何か…ね。演劇関係の方に進学したいって言ったヤツ、少なくとも過去20年は、いないって狼狽(うろた)えちゃってさ。」

「願書が、間に合って良かったです。相談を受けたのは、願書の締め切り間近でしたから。」

「感謝しろよ、俺と芸術科舞台芸術専攻OBの大雅とで、一緒に大学の入試担当の所に行ってやったんだからさ。」

気が付けば、40個あったたこ焼きは最後の1つ。

小狼は、たこ焼き食べないの?食べちゃうよ?」

僕は、たこ焼きを広げたものの1つも食べていなかった。

「別にあるから。青葉、食べちゃっても良いよ。」

「あー、ズルい!!そこは、年下に譲るだろ?」

「譲らないね。だって、陵介が1番、食べてんじゃん。」

「2人共、食べたいんだったら恨みっこなしで、じゃんけんして下さい。」

じゃんけんの時は、豪太が仕切る事が、多い。そうして、最後のたこ焼きは青葉の胃袋に消えていった。

「集まってくれて、有り難う!!約束の時間に遅れて、ごめんね!!」

SOULのメンバーに召集を掛けた張本人であり、事務所の社長である天草信也社長がやって来たのは、約束の15分後。

「いやぁ、エディーの主治医と本人を交えて、話し合いしてたんで遅くなっちゃった。ごめんよ。」

「僕達が召集された理由、教えてくれませんか?」

豪太が、代表して社長に聞いた。

召集令状って、戦時中の赤紙じゃないんだから用件を教えてよね。まあ、それで全員集まるんだからすごいけど。」

そして、陵介が代表して文句を言った。社長から、“召集令状”なるlaneが届いた時は、何かしらのサプライズ発表がある時だ。(スマホが、普及する前はケータイのメールで、それが届いた。)

「SOULの妹分のメンバー決まったよん♪今ね、第3レッスン室でダンスレッスンをしてて…。」

「もしかして、そこに突撃しろって事?!」

小狼、察しが良いね。その通りだよ。その後、もういくつかお知らせしようと、思ってるんだけどまだ内緒☆」

「内緒って…。良いお知らせですよね?」

豪太が、確認するも社長は、教えてはくれなかった。

~続く~

僕等の街で。

千秋楽終わりの楽屋に大量のお握りを持って、ダニエルと杏奈さんが、現れた。

「仲直りしたの?」と、言う僕に杏奈さんが、頬笑む。

「ダニエル、杏奈さんみたいな人ってそうそういないんだからね。」

僕は、冷ややかな視線をダニエルに向ける。

「あれな、ちゃうねん。あん時は、何を言うても言い訳にしか聞こえへんやろから言わなかったんや。ウチの店に客として、よう来る弟の嫁はんには一切、手ぇ出してないで。」

声の調子や、態度からダニエルが、嘘を吐いていないと僕は思ったが、少しだけこの話を引き伸ばす事にした。

「身内に手を出すとか、最低!!」

「違うねん。弟が、ASLっちゅう難病になってもうてな。お互いに慰め合とったんや。陽気に振る舞っとる弟の前で、泣けんやろ?そういう訳やから、何もあらへん。」

今のダニエルは、9年前の僕と同じか、それ以上に辛いはずなのだがそれを感じなかった。

「ごめん。最低、呼ばわりして。ダニエル、たまに紳士だね。」

「そうそう、たまには紳士らしい事もしな…たまにちゃうわ、何時も紳士や!!」

見た目は、白人系の外国人なのに中身はコテコテの大阪人なダニエルのノリ突っ込みに僕は、毎度の事ながら脱帽してしまう。

「M'sバー自慢のお握り、皆で食べて。」

「杏奈さんも、ダニエルも今日は本当に有り難う!!後、感謝祭の件も。ウチの事務所、いっつも人手が、足りないって言ってるから、助かると思う。」

小狼君が、いないのは残念だけど。息子が、いるし。良しにしとくわ。」

「エディー、参加するの?」

僕は、杏奈さんの言葉に目を丸くする。

「主治医の先生の許可が、降りたら良いって、条件付きでちょっとずつ、仕事再開する事にしたみたい。大事な事は、事後報告なんだから…。息子が、病気になった事を知ったの週刊紙か何かのネット記事が、最初だったし。」

筆まめで、両親にも用があろうが、なかろうが急用でない事と、メールやlaneをしにくい事は、近況報告を兼ねた手紙で済ますと、言っていたエディーが当初は両親にも、隠していたなんて驚きだった。

「あ、息子が参加するのスタッフ以外にはサプライズだから。でも、当日不参加の小狼君には、沙汰があったってねぇ。SOULのリーダーだし。」

SOULのリーダーと、サブリーダーは年功序列で、決まった訳ではなく社長の見極めた適性で、決まったらしい。(初代のサブリーダーが、エディーだった。)

「僕が、手紙を見てないだけだと思う。多分、緊急性がないから、手紙かなって。」

「あ、それと!!将来的には、SOULに復帰したいって言ってた。」

エディーが、前向きになった事が僕は、嬉しかった。そして、3年前の春先に「SOULを脱退して、俳優も引退したい。」と、エディーに電話で相談された事を思い出していた。

まだ、「小狼しか言っていない。」と、言うエディーに東都医科大内のスタボで夜勤明けに会う事にしたのだった。 そして、痩せて別人の様に変わってしまったエディーに驚きつつも僕は、理由を聴いた。

その上で、たまたまコーヒーを買いに来た内分泌内科の医師(たまに名医として、テレビに出てる専門医。)を捕まえて治療に繋げたのだ。

小狼君が、甲状腺の病気かもって気付いてくれて、本当に良かった。色々な先生の所に行って、原因不明って言われてたみたいだから。」

あの日、僕が「内分泌内科の先生の所に行ってみた?」と、聴いた時にエディーは驚いた様な顔をし、「甲状腺の病気かも、しれない。」と、言うと人目を憚(はばか)らず僕の手を握りながら、泣き出した。

「僕も、甲状腺疾患に関する論文とか本とかを直近に読んでなかったら、疑わなかったかも。」

「感謝しても、しきれない位感謝してるわ。あ、今度普通にご飯食べに来てね。バーを名乗ってるけど、来月からは定食屋みたいなメニューも、始める予定だから。あ、バスミュの出演者皆で来てくれても良いのよ?」

「ウチの店、ここにいる全員は無理やろ!!それと、そろそろ帰るで。」

僕は、改めてダニエルと、杏奈さんに礼を述べ2人と、別れた。

~続く~

僕等の街で。

バスミュの千秋楽当日の早朝4時過ぎ。突然の蕁麻疹発症で、僕は劇場近くの総合病院の救急外来を受診する事になった。

この日迄、アレルギーとは無縁だったので、原因は思い当たらないし、抗ヒスタミン薬を注射か点滴をしてもらわなければ引かなそうな状態だった。(実際、重症な部類だったらしく原因不明だった。)

「僕の持病の事とかを根掘り葉掘り、聴かないでくれて良かった。」

僕を診てくれた医師は、大学時代の同期で僕と、同じ演劇サークル桜吹雪のメンバーだったから、前から僕を知っている。そして、今は皮膚科で、主にアレルギーの患者を診察しているらしい。

「ん?聴いて、欲しかった?相変わらずの精神不安定だなで、流しとこうと思ったんだけど。俺、そっちはてんで専門外なんで。あ、でもこれだけは、言えるな。自傷するなよ、死ぬなよ疲労とストレスを溜め込むなよ、皆でワイワイ同期会したい。」

最後の願望に僕は、吹いてしまった。

病院から、戻ると諭吉を早朝に起こしてしまったらしく、そのまま眠れなかったらしいので僕に文句を言った。

「ごめん!!重度の蕁麻疹が、突然出ちゃって緊急事態だったから…。」

「ごめんだけじゃ、許さないからな。」

本気で、怒ってないと分かっていたけれど、僕は何度も、謝った。

「今週の金曜日、付き合ってくれるなら許す。」

「へ?付き合う?何に?」

僕は、諭吉に間抜けな感じの問いを返した。

「朝日平にある喫茶YOU&Iの特盛パフェ食べに行きたくて。でも、1人じゃ、食べ切れなさそうだし。パフェ代は、奢るし付き合ってよ。」

「良いけど、あそこ今は、不定休だよ?突然、休みになったりするし。」

優斗さんと、愛理さんの子は無事に産まれたのだが、2人が子育て最優先と決めた為に不定休を貫いている。

「休みだったら、桜ヶ丘のcafe cloverに行きたいんだよね。桜が丘に住んでた頃だから、年長の頃迄だな。両親に連れられて誕生日には、必ず行ってたんだけど。小1の7月末にロンドンに引っ越してから、久しく行ってないんだよな。」

「同学年に福沢諭吉って、いたかな…?僕、小3の5月迄桜が丘小学校に通ってたから、タメで覚えてない子っていないはずなんだけど。」

僕は、久し振りに桜が丘小学校時代の記憶をひっくり返したけれどそんな名前の子が、いた記憶はなかった。

「俺の親父、日系イギリス人だから俺の本名が、ミドルネーム込みで超長くてさ。福沢ハリーって、通称を名乗ってた時期だったかも。今は、福沢諭吉って名乗ってるけど。この顔、どっからどう見ても、ハリーっぽくないから突っ込まれるのに疲れて。高2の時に日本に戻って、通称を日本人風に変えた。」

「記憶をひっくり返しても思い出せない訳だ。」

その言葉と、同時に僕はやっと記憶を引っ張り出した。

「あの頃は、色々な人に相当迷惑掛けちゃってたなぁ。大人だけじゃなく、同級生にも。桜が丘小学校の屋上を立入り禁止にさせたり、ベランダ立入り禁止にさせたり言える事から、言えない事から色々やらかしたし。諭吉にも、相当…。」

僕の精神状態は、今以上に酷く常に誰かが、監視していなければいけない状態だった。

「俺もさ、小狼いたっけって思ったけど、今ので思い出した。夢原直人って、超ヤバい子いたなって。性格、あの時より明るくなったっぽくて気付かなかった。」

そして、僕にしか聞こえない位の小声で、「“この腐った世界で、生きるのは辛い”って言ってたの今なら理解出来る。」と、言った。

~続く~

僕等の街で。

僕は、飲み込んだ言葉の代わりを探した。

「病院には、色々な人が来るからなー。幽霊、含めて。」

代わりに絞り出した言葉は、陳腐な言葉になってしまったが無難な答えだと、思う。

陵介のラジオの内容は、オープニングトークから爆弾発言をしていた。“こんなぶっちゃけるイメージ、なかった。”と、いうのがこの場にいた全員の感想だった。

「陵ちゃん、すごい事言ったな。青っちの事、荷物扱いしてたとか。SOULのあの仲良し感、ビジネスだったんだなってすごい、ショック…。」

「陵介、13年前は小学生だったから、青葉が通り魔に襲われた件を詳しく知らなかったみたいで。ニュースになったけど、犯人があっさりと捕まったから連日報道される様な大きな事件にならなかったし。」

「小学生なら、大事件じゃないニュースって、興味ないよな。俺は、ニュース番組って芸能コーナー以外、興味なかったし。その頃、プロのバレリーノになりたいって思ってたから、バレエ漬けだったし。」

僕の話を聴いた諭吉(福沢諭吉と同姓同名だから、そのまま呼ばれてる。)が、陵介の発言を庇う様な発言をする。

「え、以外!!高校時代は、バスケ部だったって言ってたのに。」

「バスミュを知る迄は、将来は東都バレエ団で、主役を張れる男になりたいって思ってて。5代目のメンバーのバスミュのチケットを父さんが、誰かにもらったから観に行って。何も、予備知識とかなしに観たんだけど終わった頃には、俺もバスミュ出たいって、なってて。バレエやめて、芸能事務所のオーディション受けまくった訳よ。」

「その後、夢を叶えちゃうのすごいよ!!」

その後、順番に芸能界に足を踏み入れたきっかけを語った。ヒーローへの憧れだったり、習い事感覚で子役を始めたと、いう人ばかりだった。

小狼が、医師免許を取ったのって将来安泰の為、とか?」

「あの時は、そういうの考えなかったな。1番、しっくりする言葉だと“連れション”かな?」

葵と、一緒に休み時間にトイレに行く様な軽い気持ちで受験したら、受かってしまった訳で。

「辞退しようかと思ってるって、社長に相談したらさ。医学を専門的に語れるタレントって、良いと思うけどなって、言われちゃって。スペイン風邪とか、SARSみたいな厄介なのが世界規模で、大流行した時に正しい情報を発信出来る人って必要だよなって、思い直してさ。」

「受験を連れションに例える人って、初めて会った。医学部って、確か面接試験あったよな?そんで、良く受かったな。」

「本当にね。面接、練習した通りの事を言ったんだけど。最後に“定型文じゃなくて、本心を聴きたい”って言われて。面接官、面識ない人じゃなかったから軽い気持ちで、本心をぶっちゃけた。流石に連れションとは、言わなかったけど。」

面接官として、対面したのは葵の主治医2人だった。(後に最後の言葉は、僕にしか言っていなかったと、知り軽くキレたのだが。)

「バスミュ含めて、オーディションって無茶振りとか、あったけど大学の推薦入試の面接はなかったなー。バスミュのオーディションが無茶振りばっかなの、小狼はオーディション受けてないから、知らないか。」

「代役、押し付けられたんだっけ?」

「そ。バスプリ、興味ないから原作を読んだ事なかったしバスミュも、観た事なかったんだけど。だから、返事に悩んでたんだけど。返事する前に強制的に代役にされた。台本を送り付けてきたうえに合宿の日程迄…。」

「そう言う割りには、最初っから完璧だったじゃない?」

「それは、えっと…。」

「超が、付く完璧主義者だからだろ。村っちが、呆れてたぞ。後、青っちのダンスの振り迄完璧に覚えるらしいじゃん。それって、大変じゃないの?」

僕は、その問いには答えなかった。

~続く~

僕等の街で。

土曜日。バスミュの2公演を終え、僕はノートパソコンを開いた。

ラジオ渋沢のホームページから、青葉のラジオ番組を聴く為で入院中の青葉の代役として、陵介が番組に出演していたからだ。

「ねぇ、パソコンでラジオ聴いて、良い?」

4人部屋である僕の部屋では、僕を含め8人がいてババ抜きに興じていたので全員に確認をした。

「いつそば?今週、陵ちゃんが担当だっけ?オレも、聞きたい!!」

トッキーが、僕のトランプを引きながら言う。

「トッキーってさ、陵介とも知り合い?」

「村っちが、酔った勢いで召喚してさ。同時に村井雅彦さんを召喚したのには、驚いたのなんのって。大御所俳優相手にタメ口だし、雅ちゃん・夢(む)っちゃんって呼び合ってて。」

「雅さん、村っちの親戚の叔父さんらしいよ。バスミュの脚本書いてるはるちゃんとも、従兄弟だし世間って、案外狭…。ん、メール?仕事依頼…?また、タダ働き確…。緊急案件じゃないか!!」

本業の白呪術師の仕事は、儲からない。(前にも、書いたけれど。)妖魔退治と、除霊の仕事しか依頼が、来ないし僕の場合、依頼が来る前に首を突っ込んでしまうか、依頼人が文無しの幽霊かなのが最大の理由なのだけれども。

僕は、悩んだ末に義妹の亜由美にこの緊急案件を引き受けて貰えないかの交渉をする事にした。

「霊能力者って、儲かんないのか。安倍晴明のみたいな人に憧れてたんだけど。」

ゆっきー(神崎雪斗)の一言に僕は、言う。

安倍晴明の名を出す霊能力者って、ほぼほぼ胡散臭いインチキだから。大概、皇家流呪術を極めた総本家の長の事を知らないし。霊能力者なら、誰でも名前を知ってる世界的な超有名人なのに。それと、僕は霊能力者じゃなくて、白呪術師だから。」

「あ、じゃあさ。オレの事、見てよ。占い、出来るんでしょ?タダで、なんて言わないよ。玄米、1俵と交換でどう?ウチの実家の米、めっちゃ美味いらしいよ。」

「らしいって…。え、米アレルギーなの?うん、それは良くないから、伝えとく。」

ゆっきーの守護霊を僕は、生前から知っていた。

「呪術的な占いって、すぐに出来る物じゃないんだ。材料を揃えないと、いけないし。例えば、宮中行事なんかでやってる亀甲占いなら、乾燥させた亀の腹の甲羅を手に入れないと出来ないんだよね。」

それに加えて、僕の占いが、当たる確率は低い。

「手相とか、占星術とかは?」

「ごめん、それ専門外で…。占いじゃないけど、ゆっきーの守護霊が警告してた。米アレルギー、治療しないで米を食らうなって。元救急医の僕も、同意見だな。ちゃんと、専門医と治療すれば、普通に食べられる可能性もあるらしいし。」

「マジか?!あんのヤブ医者野郎、そんな事は一っ言も…。とりあえず、専門医?それを探して、セカンドオピニオン?受けて来るわ。」

「行くなら、日本アレルギー学会のホームページに専門医が、一覧になってるはずだから。」

「有り難う。小狼が、開業したら大繁盛、間違いなしだと思うのに何で、医者を辞めた訳?」

持病を隠しているので、どう答えるべきか迷いながらも、僕は答えた。

「心労で、ぶっ倒れて辞めようって、決意した。」

「やっぱ、ヤバい人が多かった感じ?」

“ヤの付く自由な職業の人の事?それとも、酔っ払いの事?それとも、犯罪の容疑者の事?それとも、理不尽に文句を付ける人の事?”と、言う質問を僕は飲み込んだ。

~続く~